花組公演を見てきたよ。
コロナ禍で舞台が観れるってたまたまにすぎないし、運なんだなあと思わされる毎日。
ノートルダムの鐘、ハリーポッター
2連続で2週間キャンセルになった私は久しぶりの観劇でした。
お笑いは適当に差し替えが効くから中止にほとんどならないのが強いなあと思う今日この頃。
みんなで作り上げる舞台には本当向かない流行病。
さて、お芝居は巡礼の年、フランツリストのお話。
宝塚とリスト周辺の話だと私の中でふと思い出すのは『翼ある人々』
あの時は愛ちゃんがやっていたリスト。
音楽の座学は不勉強でよく知らないこの辺の作曲家達。
リストとショパン、ユゴー、ロッシーニ
名前だけは知ってる人たち。
ロッシーニって、目玉焼きの人だよね?
今回のテーマは魂の自由だと思った。
なんとなくだけどセリフがエリザベート感あるよなあと。
自由な魂。
マリーという今回のヒロイン。
私はスヌーピーに出てくるルーシーを思い出した。
ルーシーという女の子はシュローダーというピアノをずっと弾いてる男の子に恋をするんだけど
シュローダーはルーシーなんか眼中になくてずっとベートーヴェンを追ってる。
ルーシーはそんなシュローダーを振り向かせるためにピアノ捨てたり、私のことを愛するかピアノから退かせるかよ!と叫んだりなかなか激しいんだよね。
ジュネーブでのマリーとの自由な暮らしを捨てて、富や名声の方へ行くフランツ。
魂を自由にしてあげるために革命に参加するマリー…。
他の貴族のためにしょうがなく、自分の魂のためじゃなくピアノ弾くぐらいなら私が弾く場所をなくしてやるわ!!!ということなのかな。
マリーは貴族だし、新聞社で仕事ができるということは貴族である上に成り立ってるのではないのかなと思ってしまって少しモヤモヤ。
友人たちも殺されてしまうかもしれないのに。
マリーの心境は全然理解できないなあと思った。
史実を調べたら10年もジュネーブで鬼ごっこしてた疑惑もあるし…子供もいるし…
マリーは自由な魂を持ちたい女だけど、何かに依存しないと生きていけなくて、
きっかけは全て他人任せ。
フランツリストは自己肯定感が低いんだろうなあ。
あの2人は結局噛み合ってたのだろうか…
魂の片割れとか言われると、ガラスの仮面がちらつく。
ジョルジュサンドと、ショパンの2人の方をもうちょっと深掘りしてくれてもよかったな!
ジョルジュサンドはフランツリストのことを男と女で分けた片方みたいなこと言うんだよね。
まるで元は一つのものだったって。
そんなジョルジュサンドにとってマリーはどんな存在なんだろうか。
私の王子様って急に最後ジョルジュサンドが言い始めるんだけど
姫とじいやの話をしてたのはマリーとフランツだし、王子様はショパンだったの?!?ってなる、
むしろヒロイン、ショパンよ…
なんやかんやでこのお芝居で1番記憶に残ってるのはほのかちゃんの1789みたいなシトワイヤン革命ラップです。
公演はのこり2週間、今日もまた中止になってしまったから…。
見れてない人が見れたらいいなと思う…
こればっかりは運
ファンも演者もみんなが健康でありますように。